THE KIYOSHI HAYAKAWA FOUNDATION

マシュー・プリチャード来日記念講演「祖母クリスティーを語る」

 よく人からあなた自身は本を書かないのですか、という質問を受けます。最後にそれを聞かれたのは昨夜のこと、早川浩社長からでした。私はこう答えました。自分がこれまで書いたもっとも長い文章は、今日行なうこのスピーチだと。
 ですから、もし私の祖母アガサ・クリスティーが、没後三十五年にして彼女の名を冠した新人発掘の賞が創設され、そのお祝いのために孫の私が地球の裏側に来ていると知ったら、さぞかし驚いたことと思います。私自身にとっても同様で、早川書房と早川清文学振興財団が創設し、私の家族とアガサ・クリスティー社の全面的な協力のもと実現したアガサ・クリスティー賞の記念すべき第一回を祝うために、こうして東京に来ることができて、とてもうれしく、またとても驚いております。

 祖母は、いまから百二十年以上も前の一八九〇年に生まれ、作家としての人生を九十年以上前の一九二〇年に歩みはじめました。これほど長きにわたって彼女が人気作家であり続ける秘密はなんでしょう。私はその答えを二つに分けたいと思います。作品そのものの魅力と、祖母の人生とひととなりです。
 まず、祖母の作品についてお話ししましょう。クリスティーの著作がいまもなお多くの方に読まれている理由として、次の要素があげられると思います。まずひとつめに、すばらしい、自然な話であること。創意あふれるアイディアと登場人物、ユーモアを織り交ぜており、祖母が書いていた時代の空気を大いに反映しています。
 そして、成功した作家が皆そうであるように、彼女は、ミステリ史上でも革新的で、非常に独創的なプロットを生み出しました。みなさまのなかには読まれたことがない方もいるかもしれませんから、プロットそのものを明かすことはやめておきますが、『アクロイド殺し』や『そして誰もいなくなった』、『オリエント急行の殺人』のドラマを、さらにまた『予告殺人』の導入部を忘れることは誰にもできないでしょう。
 ミステリ小説として、私がいちばん好きな作品は、おそらく『ABC殺人事件』ですが、それよりも知名度の点ではひけをとりますが『ねじれた家』と『終りなき夜に生れつく』というふたつの作品にも特別な愛着を感じています。しかしながら、どの作品も大変魅力的で思わず引き込まれてしまうものばかりです。そして私の経験からいわせていただければ、多くの方が何度も再読しているようです。
 そして二つ目の要素は、登場人物です。エルキュール・ポアロが 日本でとても人気があることは知っていますし、ポアロとミス・マープルは世界中のどこへ行っても人気です。名探偵をひとり生みだすことのできる作家は数多くいますが、著者の死後、これほどの時間が経っても、いまだにそれぞれの個性や長所をめぐって議論が闘わされるような名探偵を二人も創り出した作家は、祖母アガサ・クリスティーをおいてほかに思い当たりません。
 しかも、主要な登場人物だけではありません。ミス・マープルの友人であるドリー・バントリーや、アリアドニ・オリヴァ、『予告殺人』のレティシィア・ブラックロックを忘れることができる人はいないでしょう。読者がどこに住んでいて、どんな言葉を話していようとも、登場人物たちは、私たちみなにとって身近に感じられます。
 そして最後の三つ目の要素として、適応性というすばらしい資質があげられます。これはあらゆる分野にわたっています。様々な言語へ翻訳されるということ、そして、おそらくこれが重要なことですが、様々に異なる文化を持つ人々にも理解されるということ。私は、世界中でアガサ・クリスティーのファンに会ってきました──ヨーロッパでも、アメリカでも、カナダ、トルコ、そしてもちろんここ日本でも。
 アガサ・クリスティーの話になると、誰もがまるで同じ言葉を話すかのようです。聞くところによると、彼女のもっとも有名な戯曲「ねずみとり」は、初演から六十周年を迎える二〇一二年までのあいだに、これから世界の六十を超える会場で上演されることになるそうです。
 その一方で、適応性ということは、クリスティーの著作が様々なメディアで生まれ変わることが可能だということも意味します。すぐに思いつくのは映画とテレビでしょうが、最近ではコンピューターゲームや舞台やインターネットのサイトにもなっています。
 クリスティーのファンは五十歳以上だと思われがちですがそれは違います。ファンの多くは二十歳以下で、まずはテレビを通じてクリスティーの作品に接し、そのあとで書籍を手に取ります。書籍というものがめまぐるしく形を変えても、祖母は自分のことを作家として記憶にとどめてほしいと思うだろうと、私は確信しています。私たちが住んでいる急激に変化している時代にあっても、今もクリスティーの作品が重要な存在としてあり続けているのは、彼女の作品の適応性によるところが大きいのです。

 さて、ひとりの人間としてアガサ・クリスティーはどのような人だったのでしょうか。クリスティーは波乱の時代に生き、そして作家活動をしました。私がクリスティーを知っていたのは、しいて言えば、その生涯の晩年です。私の知っている祖母は、落ち着いて強い意志を 持ち、プロフェッショナルで、愛情に満ち、二回の世界大戦と、離婚の騒動、一九三〇年代の大恐慌などの様々な事件をくぐりぬけてきました。
 私が物心ついて祖母のことがわかるようになったころ、祖母はすでに作家として確固たる地位を築いていましたが、家族への愛情をそれは大切にしていました。考古学者である夫マックス・マローワンの妻としての役割、母としての役割、また、私に対する祖母としての役割を生活の中でもっとも重きを置いていました。私は祖母ほど人の話にきちんと耳を傾ける人に会ったことがありません。自分のことよりも周囲の人について興味を持っていました。それは登場人物を創作する上でも重要だったのだと私は思います。
 祖母は、旅が好きで、そして何よりも大の読書家でした。祖母とマックスは、娯楽としての書物の大切さが失われつつあることを憂い、活発に議論をしたものでした。書物を真に愉しむためには、ある程度の忍耐と集中力が必要とされますが、晩年を迎えたころの時代には、 それらが欠けていると二人とも感じていました。現代の状況を見て祖父母がどう思うかは、神のみぞ知る、です。
 私はそのときまだ生まれておりませんでしたが、私の祖父である最初の夫との別離、同時期の曽祖母の死、そして私の父である義理の息子の悲劇的な死を経験し、精神的に苦しんだ年月が、祖母の生来の能力──人々に関心を向け、共感することができるという能力をさらに伸ばしたのだと思います。また、それは祖母の作品の大切な美点でもあります。
 祖母は謙虚で家庭的な人間で──とはいっても、出版社とのやりとりでは謙虚とは程遠かったのですが──私たちみなでスコーンと紅茶のクリーム・ティーを楽しむこと、そして友人たちと考古学の話をすることが大好きでした。強い信念を持つ人でもあり、著作においてもうひとつの重要な特徴である、善と悪の存在や、正義の大切さを強く信じていました。

 最後に、二十世紀においてクリスティーの作品をプロモートしてきた責任者として、こう申し上げても驚かれないでしょう。電子書籍について祖母はどう思っただろうか? ジェラルディン・マキューアン演じるミス・マープルはどうか? また、コンピューターゲームになった作品についてどう思っただろうか? 少なくとも週に一度はこんなこと考えます。答えに自信が持てない時もあります。しかし一方で祖母 は、私たちの生きるこの現代についても、きっと断固とした意見を持っただろうと思います。こういった仕事上の理由よりもなによりも、私は個人的な理由から祖母がいないことをいまだに寂しく思っています。
 アガサ・クリスティー賞の創設が物語っているように、アガサ・クリスティーの人生と作品は生き続けています。新しい作家たちはクリスティーの作品に敬意を払い、自らの研鑽のため、読者のために、クリスティーを手本にすることでしょう。私は、この賞を創設した早川書房の早川浩社長と同社の方々の先見性と寛大さに深く感謝し、また、アガサ・クリスティー賞が、新しい作品の誕生を促し、日本におけるアガ サ・クリスティーの人気をさらに高められるよう、心から祈っております。