THE KIYOSHI HAYAKAWA FOUNDATION

第二回アガサ・クリスティー賞選評

選評 有栖川有栖

 満場一致で『カンパニュラの銀翼』を受賞作とすることに決まった。二人の男の常な らざる生と死をめぐるファンタジックかつ衒学的な作品で、怪奇ありロマンスありの奇想小説と呼ぶのが最もふさわしいかもしれない。「その難題をいかにして 克服するか」というハウダニット(ハウドゥイット?)の興味も具え、クライマックスは冒険小説的な展開をする。知的でスタイリッシュな大型エンターテイン メントで、早川書房から世に送り出す作品として、まことにふさわしい。才気にあふれた作者の今後に期待するところも大である。
 他の作品についても簡単にコメントを。
『土曜日はチボリ』は、推理の手数が多い(そこは評価したい)本格ものだが、切れ味はよくない。犯人の失言が決め手では新人賞の受賞は厳しい。一方的にま くしたてる探偵という造形も疑問で、作者が推理に自信を持っていればそうはならないはずだ。反論を潰していってこそ名探偵。
『選ばれた楽園』は、テレビドラマのあらすじのようで小説として楽しめない。得意分野を活かした骨太の医療サスペンスになればよかったのだが。致命的なのは、「謎解き」も「捜査」も欠いていることだ。その両方あるいはどちらか一方が描かれているのがミステリー。
『フェルメール・コネクション』は、ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチ・コード』と『天使と悪魔』の露骨な換骨奪胎。労作だが、せめて「変奏」になっていれ ば、と思う。恐るべき敵が名前頼りでハリボテめいており、敵を描かなければ、冒険小説的なリアリティも興奮も生じない。
『さやかは紫陽花の咲く坂で』は、都市伝説をモチーフにした学園ホラータッチの作品。「その目的のためにそんなことをするか?」という結末で、ネタがよく ない。文章にも不備があって完成度は高くないのだが、高校生たちの描き方にはセンスを感じた。この次は、もっといいネタで。

選評 北上次郎

『カンパニュラの銀翼』が採点5、『土曜日はチボリ』が採点4。このどちらかの作品が受賞するなら異論はなし、という態度で選考会に臨んだが、すんなりと前者に軍配があがった。
 この二作に触れる前に、他の三作に触れておくと、まず『さやかは紫陽花の咲く坂で』はミステリーとしても不自然な箇所が気になるが、それより以前に小説 としてどうか。文章が読みにくくて困った。『選ばれた楽園』も同様で、稚拙な表現が散見するのが第一の減点で、さらに登場人物の造形が類型的であり、全体 的に古めかしい。
『フェルメール・コレクション』はこの手の小説が少なかった一九八〇年代前半なら、あるいは成立した小説かもしれないが、現代の小説なら情報以外の何かが屹立していなければならない。主人公が新聞記者であることの必然性が希薄であるのもこの作品の弱みだろう。
 ということで、『土曜日はチボリ』だが、日常の謎を解く連作に見せかけて、徐々に教師殺害事件になだれこんでいくという流れがよく、前半はやや強引なが らもそれなりに読ませて飽きさせない。欠点がないわけではないが、これだけ読ませてくれれば十分だ。ところが他の委員から大変説得力のある批判が提出さ れ、こうなると弁護しにくい。もともと『カンパニュラの銀翼』のほうを高く評価していたこともあり、こちらだけを推すことにした。
 その受賞作はまず構成が群を抜いている。冒頭に出てくる採用試験問題とその回答を読むと、もうこの長篇の世界から抜け出せなくなる。実に巧みな導入部と いっていい。当然ながら全篇を貫く衒学趣味に目を奪われるところだが、難解のようでいて読みやすいのがいいし、幼いクリスティンとエリオットの描写がきら きら光っているように、小説の細部もいいのだ。
 なによりもいいのは、小説を読むことの愉しさがあふれていることだろう。これがいちばん素晴らしい。

選評 鴻巣友季子

 それぞれ作風の異なる五作品が最終候補に残った。
 梗概のおもしろさに惹かれて最初に読み始めたのが、中里友香の『カンパニュラの銀翼』であり、結局、この力作を凌ぐ作品は最後までなかった。小説として明らかに抜きんでていたが、私が一つだけ心配したのはアガサ・クリスティーの名を冠したミステリの賞に適格であるかという点だ。なにしろ本作は、論理学や神学をベースに、ファンタジー、SF、幻想文学、冒険小説の要素をも兼ね備えた、一般的なミステリの枠に収まらないエンターテインメントである。しかしそ の心配は杞憂に終わった。選考会では、一ジャンルの様式にとらわれないスケールの大きさこそが評価の対象になったからだ。十八世紀の欧州と二十世紀初頭の イギリスを舞台に、衒学的でありながら読者をたっぷりと楽しませ、作者自身も存分に遊んでいるところに余裕も感じる(ただし好きな素材をあまり弄びすぎないよう、今後その点だけ注意してください)。回文の訳文などキャロル的な言葉遊びも手が込んでいるし、翻訳文学の文体パロディなどもあり、外国文学好き全 体に広く読者を得るだろう。インセスト、分身、兄妹(姉弟)愛、母の身代わりになる娘といったモチーフをゴシック風味で描くあたりには、ゴシックロマンを 中継し、ミステリ、SF、海洋冒険小説などの先駆けとなったE・A・ポーの刻印が明瞭。去年の受賞作といい、ポーの影響は大きいようだ。
 次点の『土曜日はチボリ』はよく考えられた構成で非常に楽しいが、謎解きのステーションがやや多すぎて驚きが目減りしがち。『フェルメール・コネクション』はこの画家とスピノザを結びつけたアイデアが卓抜。文章全般の質が「梗概的」で小説言語のふくらみに欠けた。『選ばれた楽園』は因果関係が込み入りすぎの感があった。会 話文のリアリティについて再考されたい。『さやかは紫陽花の咲く坂で』は「女の子の友情ホラー」。怖がらせるが、ミステリとしては細部が粗すぎる。学校の怪談といった趣。

選評 小塚麻衣子(ミステリマガジン編集長)

 クリエイティヴィティという点で、『カンパニュラの銀翼』(中里友香)は他の追随を 許さなかった。
圧倒的な情報量と緻密な筆致で構成された恐るべき奇想である。前半が世界観固めにあたるため、やや冗漫で読みにくい印象を受けたが、最後ま で読んでみると、それらのピースも必要な一片であったことがわかった。とくにクライマックスの銀翼のシーンは冒険小説の趣きもあり、まさしく手に汗を握って文字を追った。ドッペルゲンガー、哲学、詩といった衒学趣味の横溢など要素要素も興味深い。もう少し前半で起伏を作ったり、とくにヨーロッパ部分や不思議を扱う部分の設定を明確にしたほうが作品の輪郭をよりはっきりできると思うが、小さな瑕疵だ。ストレートな謎解き小説だけがミステリではないということを思い出させる、多角的な魅力を持った作品である。
『土曜日はチボリ』(工藤智美)は、無理のない滑らかな文章で非常に読みやすかった。週末ごとに寄り集まって推理する設定は『火曜クラブ』のようで、ノスタルジックで心地よい。ただこういう構成にするなら、東京ではなく地方都市を舞台にしたほうが、コージーな閉じた世界での面白さを味わえて、犯行の必然性も出たのではないか。『フェルメール・コネクション』(三品豊、本名宇賀神修)は、タイムリーな画家の話題は秀逸だが、ネオナチにロスチャイルドとワイルドカードを切りすぎて説得力が薄まってしまった。展開に強引なところが多く、要素を削ったほうが自然だったのではと思う。『選ばれた楽園』(横邊愛恵)は、保険金詐欺を扱うなかでも、主人公を診査医に設定するというのが目新しく面白かった。だがそれ以外は昔の二時間サスペンスめいた古めかしい印象で、なぜ今この描き方なのか疑問だった。『さやかは紫陽花の咲く坂で』(藍沢砂糖)は、途中、学園生活の描写などで光るところはあるものの、視点人物を変えていく語りが冒頭から安定していないので、この構成で描き切るには文章力を強化する必要がある。