THE KIYOSHI HAYAKAWA FOUNDATION

第四回アガサ・クリスティー賞選評

選評 東 直己

「誰がどう考えたって、『スクールズ・アウト!』がトップだろう」という意気込みで選考会に挑んだ。俺としては万全の態勢である。で、先行会場への廊下を歩いてたら、後ろで、「あのほら、『スクールズ・アウト!』だったっけ? 何を書きたかったんだろうな」
 俺は非常に驚いた。満場一致で『スクールズ・アウト!』に決まる、と思っていたからだ。
「地味な作品だったね」
 なるほど。地味か。しかしまた、「地味」は折り目正しさに通じる。他の候補作は皆、文章がメチャクチャで、安心して読めなかった。
 文章ってのは、まずは手入れの行き届いた器だ。これが汚れていたり、前に使った人間の口の跡が残っていたりしたら、物語を堪能できない。中で唯一、『スクールズ・アウト!』はきちんとした文章で物語が綴られていた。
 で、トップに推したが、皆の賛同を得られず、残念だった。
 とにかく、文章をナメてはいけない。
 以下、各作について一言ずつ。
『傀儡呪』、現代日本の刑事ふたりが、なんの疑問もなく「呪い」の存在を受け入れるのが奇妙。
『三番目の夜』、外国文化と甘味食物しか頭にない人々のジャレ合い。そう思えば、読めないこともない。
『ブルー・ペーパー』、今の我々は、こういう話を読むと「大企業ってそんなもん」と思っちゃう。作者の落ち度じゃないけれど。
『星たちの綻び』、冒頭は本当に魅力的。どういう世界だろうとワクワクしたが、脱出のあたりから話がわざとらしくなって終わってしまった。残念。

選評 北上次郎

『星たちの綻び』は格闘シーンがいい。知らない間に手がぶらっとしているというリアルが行間から立ち上がってくる。しかし犯人の動機にも計画にも説得力がなく、檸檬の捜査報告を電話で聞くだけとの校正も安易。それに凜々の親が中国裏社会のボスであったりと、不必要な道具立てが多すぎるのも難。
『ブルー・ペーパー』にもそういう不自然さがある。まず主人公の捜査に全員が素直に協力するという結構が不自然だ。捜査権のない人間が聞きまわるのだから、中には相手にしないやつもいるのが普通だと思うがそうすると物語が進行しなくなるということだろう。それに根本の計画にも無理があるし、文章が類型的であるのも気になる。
『スクールズ・アウト!』は、親の不在を隠すために第三者に母役を演じてもらうという挿話の描き方がいい。センスのある書き手だなという印象が強い。問題はこういう細部はよくても、父と母の再登場とその裏の事情など作りすぎの感があり、全体的に不自然さが目立つことだろう。
『三番目の夜』は文章が類型的との指摘があったが、私はさほど気にならなかった。それに人間関係もそれなりに描けていると思う。問題はミステリーとしての弱さにある。それでもこの手の小説を苦手とする私に理解できないだけかもしれないので積極的に推す委員の方がいればじっくり推薦の弁を聞こうと思ったが、そういう方もいなかった。
 ということで受賞作の『傀儡呪』になるのだが、これは怒りだす読者がいるかもしれない。なんなんだこれ! と。しかし圧倒的に楽しかったのでこれを推すことにして選考会に臨んだ。でも、こんなヘンな作品を推すなんてオレだけだろうな、ま、それも当然かも、と思っていたら、なんとみなさんの賛同を得たからびっくり。間違いを始め、欠点が散見するのでそれらを直すことを条件に受賞が決まったのだが、手垢のついた素材を人形を媒介にすることで新鮮な風景に一変する鮮やかさに注目したい。

選評 鴻巣友季子

 バライティに富んだ五作でした。読んだ順に書きます。梗概やタイトルを読んで、読みたい気にさせるかどうかも重要です。『スクールズ・アウト!』は学園ものにミステリを掛け合わせた青春小説。『星たちの綻び』は画家が格闘技界に変貌していく闘魂ミステリ。『三番目の夜』は日本美術に材をとった本格推理小説の連作集。『ブルー・ペーパー』は自動車業界の内部に切りこむ企業小説。『傀儡呪』は人形浄瑠璃を題材にした異色のホラー・ミステリ。
 最高点をつけた『傀儡呪』はまず素材が人形浄瑠璃というのが、ミステリでは割合目新しいというのもプラスでした。ちなみに、学園もの、美術もの、企業ものは先行作が無数にありますから、その中で勝ち残るためにはかなりの仕込みが必要です。ただ、この「傀儡呪」、ミステリと言っていいのだろうか、というのが懸念といえば懸念。しかしわたしのメモには、「むちゃくちゃで呆れました(笑)。最高です」とあります。もちろん、「呆れた」というのは最高の賛辞です。
 主な問題点は二つでした。一つは時間的な構成。もう一つの方が要で、これは本の刊行時に、作品の前提として公表されるでしょうから書きますが、花魁人形が喋ったり動いたりすること。その声を聞いた主人公と人形の一対一の交信であれば、心の領域に留めておけるが、視点人物以外を含めた複数で会話をするとなると、小説の情報の出し方としては、〈現実〉として解釈しないと、叙述法としてのバイオレーションが生じします。そして〈現実〉に人形が喋ると、「ファンタジックなミステリ」という領域から逸脱してホラーになってしまうのでは? という疑問は残りましたが、むしろ新しい挑戦として評価されました。
 人形と人間は業を映しあい移しあうから、こうした題材は恐ろしくも面白くもなります。細部の整合性などは若干手直しの必要を感じましたが、無謀とも言える語りのパワー、これが本作の大きな魅力であり、この作者の強みではないかと思っています。
 他の作品にもふれると、好みという点では『三番目の夜』。暗号やからくり箱、双子など、古典的トリックを網羅し、西洋美術、バロック音楽、フランス文学まで絡めた力作ですが、「私」のない一人称口語文体はその滑りの良さがプラスにもマイナスにもなっています。文体は単なる物わではなく命脈そのものです。ご一考を。

選評 清水直樹(ミステリマガジン編集長)

 五作の最終候補作のなか、選考委員が最高点を付けた作品は二作あった。東氏が推した『スクールズ・アウト!』と他の三名が推した『傀儡呪』である。この二作に絞って選考が行われ、『傀儡呪』が第四回の受賞作に決定した。
 私が最高点を付けた『傀儡呪』は文楽の世界を舞台にした(ネタから考えると)ホラー風味の作品と言えるだろうが、読み味はミステリ以外のなにものでもない。ただ、ミステリとしては前代未聞の結末と言っていいだろう。古典芸能という閉ざされた世界の雰囲気がよく書けており、そこで描かれる濃密な人間関係にも惹かれた。文章的なこと、核心に関わる部分など、気になる点は各委員によってさまざまあり、その指摘がどのように治っているのか、単行本を読むのを楽しみに待ちたい。
『ブルー・ペーパー』は、自動車業界の欠陥車問題を扱った作品で、ストーリィの流れは良く、最後までひっかかることなく読めた。ただ、主人公とヒロインの行動や言動が時代がかっているところが気になった。思い切って時代を昭和に設定して書き直してみると、もっと説得力のある作品になるかもしれない。
『三番目の夜』は、学生画家と女子大生を主人公にした美術テーマの連作長編。二人のキャラ設定や会話は楽しく読みやすい。一方で軽すぎる嫌いがあり、先行作との比較でやや採点が辛くなった。『ブルー・ペーパー』とこの『三番目の夜』が私としては次点。
『スクールズ・アウト!』は、男子高校生を主人公にした学園小説。破綻はなく文章も読みやすい。ただ、ライトノベル的な書き方のせいか、人物、ストーリィ、描写など全体的にボリューム不足、物足りなさを感じた。
『星たちの綻び』は、自らも覚えていない罪で精神病院に収容された男の復讐を描いた作品。格闘シーンをはじめ、書きたい要素を楽しんで書いているのは伝わってくる。ただその分、冗長な印象を受けるのも確か。プロットを整理すると良くなるのではないか。