THE KIYOSHI HAYAKAWA FOUNDATION

第七回アガサ・クリスティー賞選評

選評 北上次郎

 いちばん惹かれたのは、オーガニックゆうき『うないドール』という作品だった。沖縄の歴史を背景にした愛憎劇で、なかなかよく出来ている。登場人物の造形が物足りないので人間関係がややわかりにくいが、まあ許容範囲だろう。ペリーの沖縄来航の裏話から、沖縄には紅葉しない銀杏があるという話まで、沖縄雑学のてんこ盛りも興趣を増している。個人的には、恵子が高校時代を回想するくだりに感じ入った。スミレの父親がみんなを与論島まで船で連れていってくれるのだが、島まで泳いでいけとみんなを海に放り投げるシーンがあるのだ。このくだりがきらきらと光っている。ここにこの人の作家的資質がある。粗削りで欠点の多い作品なので票を集めなかったが(たとえば構成に難があることを指摘されたら弁護しにくい)、その分ノビシロはたっぷりとある。将来性はいちばんだろう。再度の挑戦を期待したい。
 西恭司『アラーネアの罠』は逆に安定した筆致で読ませる佳作。アガサ・クリスティー賞に時代小説で応募するとは大胆だが、文章よく構成よく、兵庫の家庭内の様子などの細部もいい。安定度では、最終候補作いちばんだと思うが、その分だけ地味な印象を与えるのは損。しかしスルーするのは惜しいので、優秀賞となった。
 大賞を受賞した村木美涼『窓から見える最初のもの』は、強いインパクトに欠けているというのが最初の印象だった。そこで数日後にふたたび読んでみた。私の読み方に問題があるのではないかと思ったからだが、二度読んでも印象はかわらなかった。幾つかの話が微妙にクロスしていくが、それが驚きに繋がらないのはこの作品の欠点だろう。しかしそれを除けばセンスよく、考えてみれば『うないドール』ほどの欠点でもなく、積極的に推す他の選考委員に反対するほどのことでもなかった。

選評 鴻巣友季子

 毎年、バラエティに富んだラインアップとなりますが、今年も様々な題材、様々なアプローチの力作が最終候補に残りました。
 豪華客船という半密室空間を舞台に、骨董美術の蘊蓄をかけあわせた謎解きもの『マジェスティック・ウィドウ』(七堂航)。「平蜘蛛」という実在した茶釜を中心に、その強烈な魔力と関ヶ原合戦前夜を描いた茶の湯歴史ミステリ『アラーネアの罠』(西恭司)。猟奇殺人事件を扱った警察ミステリ『赤い靴の女』(須田稔)。第二次大戦の戦地沖縄の裏歴史を扱ったバイリンガル・ミステリ『うないドール』(オーガニックゆうき)。四つの謎と物語が、ある特定の日を結節点として響きあう『窓から見える最初のもの』(村木美涼)。
『アラーネアの罠』は、明らかに筆力が高く、牽引力があります。主人公が太閤秀吉と関白秀次の双方から、伝説の茶釜の捜索を依頼されることに始まり、茶道とキリスト教の関わりおよびイエズス会の深慮遠謀をからませ、これまた伝説の貿易商に意外な設定をほどこしたところに、アガサ賞らしい世界の広がりを感じました。中盤以降、要素をやや鏤めすぎた観はあります。
『窓から見える最初のもの』は、女子短大生、壁紙販売会社の経営者、喫茶店を開こうとする男性、自販機設置販売業者を中心とする四つのストーリーから成ります。ていねいな造りと、主人公四人の描き分けに感心しました。彼らは決して出会うことがないものの、遠景にいるのがうっすら感じられたりする。そのストイックなさりげなさが美徳ですが、同一の日の関わりがもう少し鮮やかに俯瞰できる仕掛けがあってもよかったかと思います。
『マジェスティック・ウィドウ』は探偵役の男女のキャラや会話の妙が楽しく、「指先の嗅覚探偵」という発想も良いのですが、この素人探偵たちの捜査を阻むものがなく、管理者や当局が率先して協力してくれる展開には、やや甘さを感じました。『うないドール』はマヤーガマ(洞窟)や、米軍に忠誠を誓った〝イエス・イエス・ボーイ〟の日本人を登場させた、目のつけどころのいい、五作中最も野心的な作品です。英語をふんだんに取り入れていますが、言語的アイデンティティやその亀裂と苦難にまっこうから向き合う小説の秀作も多い昨今、異言語で書く必然性をまっとうするには、あと数段の掘り下げが求められるかと思います。また、技術面になりますが、ネイティヴ・スピーカーの発話である以上は、納得のいく英文に仕上げる必要があります。『赤い靴の女』は、猟奇殺人やSM愛好という素材の料理の仕方に、なにか新しみがあれば魅力が増したと思います。

選評 藤田宜永

 今回から選考に加わった僕は、どんな作品が候補に上がってくるのか愉しみにしていた。本格物から警察小説まで、いずれも期待を裏切らない候補作だった。
 七堂さんの『マジェスティック・ウィドウ』は本格物。探偵役とワトソン役の男女はよく書けていたし、話のテンポも悪くなかった。問題は仕掛けである。豪華客船を〝密室〟として使っているのだが、人の出入り等々の説明が若干分かりにくかった。本格物の謎やトリックは非現実なものでいい。だからこそ鮮やかさが必要。本格の美学はそこにある。
 須田さんの『赤い靴の女』は猟奇的な事件から始まる警察小説で、或る女性の復讐が物語の中心にすえられている。意外な展開を見せるのだが、登場人物の描写が少ないため、やや説得力に欠けていた。それに、虐待や陵辱とSMプレイを同じ位相で語っていることにも疑問を持った。派手な事件よりも、盛りをすぎた主人公の刑事をもっと丁寧に描き、懐の深いミステリに仕上げた方がよかった気がする。
 オーガニックさんの『うないドール』は、選考委員の評価が分かれた問題作。早川書房の編集者たちも意見を戦わせたらしい。沖縄の歴史や風習をきちんと描き出したミステリで、先を読みたくなる作品だったが、僕は推せなかった。英語の会話が読みにくい点に目を瞑っても、説明と会話が中心で描写が少ないことが引っかかったのだ。勢いで書いた作品。僕にはそう思えたが、そこがまた新鮮に感じられたところかもしれない。力がある人なので、沖縄という特殊性と関係のない作品を読んでみたい。
 西さんの『アラーネアの罠』は、候補作の中で一番、安定した作品だった。文章力もあり、物語にも破綻がない。主人公や事件がちょっと平板だと思ったが欠点というほどのものではない。かなり書き慣れている人の作品だと推測した。当たっていた。後で聞いたのだが、すでにプロとして活躍している方だった。最後まで大賞を争った秀作。優秀賞があたえられて当然である。
 村木さんの『窓から見える最初のもの』は欠点に目を瞑れるだけの独創性のある作品だった。見知らぬ四人の人生が織りなすミステリは、細部の描写にも目配りがきいていて、ぐいぐい読ませる力がある。終わり方に不満を持ったが、僕はこの小説を一番に推した。大賞受賞、おめでとうございます。

選評 清水直樹(ミステリマガジン編集長)

 第六回の昨年は、初めて大賞なしという結果だったが、今年は大賞と優秀賞をそれぞれ一作ずつ出すことができた。全体としては、例年以上にバラエティに富んだ最終候補作の五篇という印象であった。
 大賞を受賞した『窓から見える最初のもの』は、世代の異なる四人の人物を語り手にした多視点もの。それぞれの人物の物語が微妙な加減で重なり合っていて、私は人物相関図を書きながら読んだが、精緻に考えられた構成に感服した。一方でそれぞれの人物を等しく描こうとしたためなのか、突出したキャラクターがいないのが、やや物足りなく感じた。
 私が最高点を付けたのは、優秀賞となった『アラーネアの罠』。安土桃山時代末期を舞台に、歴史上の人物を配し虚実入り乱れた語りで読ませる歴史ミステリである。豊臣家の跡継ぎ問題と、伝説の茶釜・平蜘蛛の謎を中心に描かれる物語は、けれん味たっぷりで夢中になって読んだ。中盤以降、やや詰め込み過ぎな印象を受けたのが残念なところ。
 選考会でも評価が分かれたのが『うないドール』。沖縄の歴史を太平洋戦争から現在までダイナミックに描いた意欲作で、主人公が追う謎は、いまの沖縄が抱える問題と直結しており、物語に引き込まれた。いかんせん、人物の描き方、小説作法などさまざまな点で荒さが目立つ。そこが争点になった。
『赤い靴の女』は、定年間近の刑事を主人公にした警察小説。プロット、キャラクターなどさまざまな評価ポイントでいずれも及第点といった印象。何か特出した部分がないと同ジャンルに優れた作品が多いだけに厳しいか。
『マジェスティック・ウィドウ』は、豪華客船を舞台にした本格推理もので、主人公の女性のキャラは立っているのだが、プロット・構成などで不自然な部分が多すぎた。